| ■ハンググライディング世界選手権の30年 |
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| 松田保子 |
ハンググライディング世界選手権は原則として2年に一度開催されます。
第1回は1976年にオーストリアのコッセンで開催されました。私が初めてハンググライダーで飛んだ(跳ねたというべきか?)のは、その前年。地表近くを滑空するだけの時代に『世界選手権』と聞いてもピンと来ませんでしたが、フランスで飛び始めたという岡芳樹(当時は良樹)さんたちが、嬉しそうに出掛けて行ったのを覚えています。
第2回は1978年に南アフリカ共和国で開催される予定でしたが、アパルトヘイトに反対する国々が参加をボイコットし、お流れになったと記憶しています。場所をフランスに急遽変更し、第2回は1979年に開催されました。
そして、第3回は1981年に大分県別府で開催! 日本のハンググライディング界は様々な収穫を得ました。私も『ハンググライダー』の取材でずっと現地に貼り付き、いろいろなことを知りました。世界では日本の何倍もスケールの大きなフライトがされていること、子供騙しの小さなタスクを『ミッキーマウスタスク』と言うことなど……。(今回日本チーム入りした鈴木由路さんが、別府大会閉幕の数日後に生まれたと知って、時の流れを感じました。「はああ?」という感じですね。)
第4回は1983年にドイツで開催され、ハンググライディング界のサラブレッド、スティーブ・モイスが世界一になりました。
1984年、私は学生時代からお世話になったファルホークを辞めてフリーランスになりました。以来、1985年の第5回から2005年の第15回まで毎回、日本チームの皆さんに助けてもらいながら、取材をしてきました。85年のオーストリア大会の頃と現在を比べると、機体性能も飛行技術も格段に進歩しました。それにつれて世界一のパイロットを決定する競技も変わってきました。ここで世界選手権の30年を振返ってみましょう。
*ポジフィルムを家庭用スキャナーで画像にしているので、写真があまりきれいではないのが残念。でも雰囲気はつかんでいただけるでしょう。第1回、第2回、第4回以外はすべて松田撮影。
*成績は、国際航空連盟(FAI)のウェブサイトまたは現地でもらった成績表から。FAIサイトに掲載された日本選手の順位が現地成績表と異なることがあり、その場合はFAIサイトを優先にしました。 |
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